Flickrで自分の画像についてコメントやイイネが付いたら、一覧表示する機能 (Recent Activities)があったのですが、昨日、それが廃止されました。私が一番使っていた機能なだけにかなりのショックです。約1ヶ月の間、この機能を廃止するのでこちらの機能を使ってねとの案内はあったのですが、実際になくなるとFlickrの操作にも影響が出てきてかなり戸惑っています。
戸惑いついでに、Flickr初心者の如く、メインメニューから入ることにしてみたら新たなことに気づいて刺激も受けています。具体的には、他人の作品を眺めたり、気になる作品を注視したり、あれこれ探りたくなったりで、画面に引っ張られています。昔、コンタクト(フォロー・フォロワーの関係)になった人で、最近ご無沙汰の人のところに行ってみたら、変わらずに同じ傾向の写真だったり、大きく様変わりしていたりでそういう意味の刺激も受けています。
自分のフォロワーは8千名強、フォローしている人は500名以内にしているのですが、フォローする人の数を制限しているのは、メニュー画面に表示される直近のコンタクトの画像が増えるからです。500名のコンタクトの画像を眺めるだけで十分で、それ以上のものを見たいと思うと、Exploreやブログ、あるいはグループなどの写真や、検索で引っかかる写真を見れば良いと割り切っています。無制限に見始めると見たくない写真が多数を占め見たい写真の邪魔をする経験からそうしているのですが、Flickrに上がってくる写真のタグで一番多いのは結婚式関係、次に旅写真という感じで、知らない人たちの中の良い素人写真を見ても楽しくはありません。
私がフォローしている500人の人たちは、ある意味で節操があると思います。まず、むやみやたらにupしない。自分で選んだ写真をupされています。それらの写真を見ていて感じることは「写真って色々様々」と
いうことです。
・記録写真に徹する人
・身近で撮れる被写体を中心に工夫をしている人
・花や鳥を中心に被写体中心にマクロ系で撮る人
・街角スナップ専門の人
・いわゆる風景写真の人
などが、被写体の傾向としての特徴ですが、他の切り口で見てみると次のような視点もあると感じています。写真の捉え方なのですが、撮影した画像に対しての編集をどのようにしているかです。
世の中全般に画像に対しての見方は、アナログからデジタルに急速に変化してきました。急速とは言っても20年ぐらいかかっているようには思いますが。その間に撮影機器であるカメラにも様々な技術が採り入れられ、カメラ内のプログラムで出来上がりの画像まで編集されるようになっています。写真の業界のリーダーたちはアナログ様式のフィルムカメラからデジタルカメラの世界への移り変わりに戸惑いながら対応してきたように思います。そんな中、カメラが作り出す画像に手を入れることへの抵抗というか、従来できなかったことができるようになった自由性というか、そういうモノにも気づかないうちに保守的になっていたように思います。
カメラが作り出す画像は純粋に天然・自然現象ではなく、人が開発したプログラムの産物であると考えると、カメラが作り出した画像はカメラの操作者の意図によるものではなく、カメラメーカーの意図による生成物ということになります。つまり、カメラメーカーの意図が撮影者の意図に合わない場合、撮影者はその画像を編集することに何の問題もないはずです。
編集の自由さが一般的に認められれば、画像や写真、作品といったものの芸術性(表現物としてのアート性)は増すと思います。これを撮影技術の優劣などに留めていると写真の世界の大きな可能性を失うことになると危惧してしまうのですね。
あるところで、こういう話を聞きました。
「レタッチはイイけど、コラはダメ。」という言葉です。
これも色々考えるとかなり面白い着眼点です。
レタッチは編集のこと、コラは画像の合成を指しています。
カメラメーカー主催のコンテストで2社がそれぞれ独自性を出してきました。
レタッチは編集で明暗・コントラスト・彩度などの調整は可としていて、コラは今や割と普通になった比較明合成なども否とするものです。アート性などを考えると、技法の制限をかけるのは止めたほうがいいと思うのですね。撮影技術コンテストならともかく写真コンクールということであれば最大限の可能性を探るべきだと思うのです。つまり、私はコラ派です。
シャッターを押した時に生まれ始める作品という見方をして、撮影→現像→編集→作品の仕上げに勤しんでいます。
タイトル画像は下のオリジナル画像を現像・編集して作り出しました。コラはしていません。
