育ちが大阪です。
生まれは鹿児島ですが、4歳以降20歳まで大阪で育ちました。
成人してからの50年間は首都圏です。東京・埼玉・千葉・神奈川に住んだ経歴があります。
関西イントネーションに敏感です。
20歳過ぎの頃は、新大阪駅の改札の内外でイントネーションが切り替えられました。
内は標準語アクセントです。東京・江戸っ子・ベランメェは真似できず、フツーの標準語です。
ただ、改札を出ると、北河内の大阪弁アクセントになりました。
一応、京都南部、北河内、奈良北部のビミョーなアクセントや接尾語などは聴けばわかります。
「この人は、同じ学区やな」とか、「あ、この語尾は八幡付近か?もっと北か?」とかですね。
「ワレ」とか「シバく」は普通には遣いませんでしたが、「演繹的ハッキリしない大阪弁」は多用していました。東京の親戚にいつも指摘されていました。「●●とちがいますのん?」は●●なのか❌❌なのか分らん!という感じです。職場では関西出身の人は仕方がないで通じていましたが。。
北河内の大阪弁アクセントは、大阪北部では強面(コワモテ)でした。
高校生になって出身中学を言うと妙に絡まれることはありませんでした。一目置かれる感じです。
自分の出身中学だけではなく隣接する中学校もそうでした。
ただ、大阪市内中心部の出身中学の人たちの「伝統的船場言葉の大阪弁」には太刀打ちできません。
上品さが微塵もない北河内に比べて、船場の糸はんやボンボンの穏やかなイントネーションには敵いませんでした。藤山寛美の世界です。
今は、川崎市の北部、多摩ニュータウンの近くで生活していますが、時々かなり強烈な関西イントネーションに出会します。話していると、相手から関西のご出身ですかと訊かれることも多いです。そうなんです、義務教育は大阪でしたと返すと、和みますね〜
相手の言葉につられて、自分も地のイントネーションが出るようです。
画像は奈良県御所市の葛城古道・九品寺近くの稲田と彼岸花。